こんにちは、ゆんつです。
僕の祖母は昔、小さな魚屋をやっていました。
魚屋という商売上、商品を狙う猫を祖母は嫌っていました。
干物などを盗られたり、ゴミ箱を荒らされたり祖母にとって猫は天敵だったのです。
祖母の魚屋はいつお客さんが来てもいいように、入り口が開け放たれていました。
すると魚の臭いに誘われて、店の中に時々野良猫が入り込んでくることがありました。
祖母は魚をさばいている手を止めて「シッシッ」といいながら小走りで猫を追いかけて追い払います。
お店に遊びに行くと、野良猫と祖母のちょっとした小競り合いを見るのが小学生の頃の僕が良く見る光景になっていました。
コゲという猫
ある春の日。
祖母の魚屋に遊びに行くと店の入り口の手前に茶色くてふてぶてしい顔をした猫がいました。
お世辞にも可愛いとは言えない顔で、まるでドラ猫のようです。
僕が横を通り過ぎると下の方からジッと僕を睨むような感じで見てきます。
僕は不思議に思いました。
祖母は猫がいたら追い払うはずなのに、その猫は追い払わないのです。
祖母に「追い払わんでいいの?」と聞くと「コゲは店には入ってこんから放っておいたらいい」といいます。
「コゲ?」僕が聞き返すと祖母は「コゲ茶色やからコゲ」と言いました。
どうやらドラ猫に名前を付けているようです。
名前は付けたようですが、飼っているような感じでもありません。
店を手伝っている叔母に話を聞くと、コゲは3日前から店に来るようになった猫なのだそうです。
「他の野良猫みたいに店の中には入ってこんのよ。変わってるわ。だからばあちゃんも追い払わずに放っておいてるんよ」と叔母は言いました。
祖母は魚の調理が一通り終わると魚のアラ(身が少しくっついた中骨や頭で普段は捨てている部分)をポリバケツから1つ取り出しポイッとコゲに向かって投げました。
コゲはアラをサッと咥えてどこかに行ってしまいました。
僕が祖母に「あの猫飼うの?」と聞くと、祖母は「まさか」という顔をして「飼わん飼わん。猫は好かん。」と言いました。
コゲは足しげく祖母の魚屋に来ました。
そして店には絶対に入らずにアラが貰えるまで入り口の手前でジッと待ち、ポイッと投げられたアラを咥えてどこかにいくのです。
またコゲが来るようになってからちょっとした変化もありました。
それまでは魚屋の周りにはいつも2,3匹の野良猫がウロウロしていたのですが、コゲが店先に来るようになってからはその野良猫たちが寄り付かなくなったのです。
そのことについて祖母は「コゲがこの辺の猫の親分なんじゃろ」と言って笑っていました。
祖母は夕方に魚屋を閉めると、店の近くにある畑の手入れをするのが日課でした。
そして夕飯の時間になると、僕か兄が「ばあちゃんご飯だよ」と畑仕事をしている祖母に伝えに行くのです。
コゲが店に来るようになって1か月くらいしたときの事です。
僕が畑に祖母を呼びに行くと祖母から少し離れた場所にコゲがいました。
コゲは何をするでもなく祖母の畑仕事をじっと見ていました。
僕が祖母に「夕飯だよ」と伝えると祖母は帰り支度をはじめ、コゲもいつの間にかいなくなっていました。
家までの道すがら「コゲは夜はどこで過ごしてるんだろうね?」と祖母にきくと、祖母は「さぁ、わからんねえ。お寺かどこかじゃないかねえ」と言ってニコニコしていました。
この頃からコゲはアラを貰うと一旦どこかに居なくなり、店が閉まる時間になると再び現れて祖母の畑についてくるようになりました。
不思議な距離感
祖母とコゲの距離感は不思議なものでした。
祖母はコゲを撫でたりしません。
魚のアラをあげるだけです。
コゲも祖母の足元にまとわりついたりはしません。
畑に行く時も一定の距離を開けてついてきます。
飼っているわけでも、飼われているわけでもない不思議な距離感が両者にはありました。
来なくなったコゲ
祖母の魚屋にコゲが来るようになって1年近く経ちました。
この頃には家族やお店の常連さんもふてぶてしいドラ猫を「コゲ」と呼ぶようになり、店の前にはコゲがいるのが当然になっていました。
そんなコゲが顔を見せなくなりました。
それまでも1日や2日顔を出さないことは何度かありました。
そんな時、祖母は夕飯を食べながら「今日はコゲが来んかったな」と言うのが常でした。
でもその時のコゲは1週間たっても店に顔を出しませんでした。
祖母も次第に「車にでもひかれたんじゃないか?」「病気したんやろか?」と心配するようになってきました。
祖母の心配は募る一方みたいで、店に来るお客さんにも「コゲを見かけたら教えて」と頼むようになっていました。
皆が心配していたそんな時。
酒屋のおじさんからある情報が入りました。
「隣町の漁師さんの家にコゲに似た猫がいる!」という話です。
祖母と一緒に酒屋のおじさんから教えてもらった漁師さんの家に行くと、そこにはまぎれもなくコゲがいました。
しかも祖母のお店では本来は捨てる魚のアラを貰って食べていましたが、その漁師さんの家では小さくて売り物にならないアジを1匹丸ごと貰って食べていました。
何のことはない。
コゲは病気になったわけでも車にひかれたわけでもなく、祖母よりも良い食べ物をくれる場所を見つけ、そこに移っただけなのです。
野球でいうフリーエージェントみたいなもので、報酬の高い方に移籍しただけです。
祖母はアジを美味しそうに食べるコゲを見て安心したように「お前はちゃっかりしとるなー」と言って大笑いしながら、服の袖で目の辺りを何度もぬぐっていました。
きっと安心したんだろうと思います。
漁師さんに「可愛がってあげて」と言い残し、祖母は家に戻りました。
結局コゲは祖母の魚屋には全く来なくなり、その漁師さんの所で飼われているのと同然の状態で猫生を送りました。
コゲが来なくなると店の周りには以前のように野良猫が増え、祖母は店に入ろうとする野良猫を追い払う日々が始まりました。
祖母は今でも動物番組で猫が出てきた時には「ちゃっかり猫のコゲ」の話をします。
そして懐かしい友達の話をするかのように「あの子は面白い子やったねー」と目を細めるのです。
きっとコゲと祖母には目に見えない友情があったのしょう。
アジで簡単に壊れてしまう友情でしたが
アジ>友情
桜が散るこの時期はコゲが祖母の魚屋に来るようになった時期でもあり、来なくなった時期とも重なります。
散りゆく花びらを見ると僕も毎年「ちゃっかり猫のコゲ」を思い出すのです。
それでは、またー。
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