命日

雑記

こんにちは、ゆんつです。

今日は朝から祖母の家に行ってきました。

8月20日は僕の祖父の命日なので、朝からお坊さんが来るからです。

僕の祖父は今から二十数年前、僕が小学校4年生の時に亡くなりました。

祖父は亡くなる2年前までは医者にほとんどかかったことが無いほど健康な人でした。

それが健康診断で引っかかり大きな手術をし、一旦は元気になって退院したのですが、1年半後に病気が再発し再び入院することになりました。

5月に入院し最初の頃はお見舞いに行ってもしっかり会話も出来て、帰りは病院の入口まで見送ってくれるくらい元気だったのですが、7月に入ってからは目に見えて衰弱し始めてきました。

お見舞いに行っても意識があまり無いことが多く会話がほとんどできず、目を閉じている祖父の顔を撫ぜたり、手をさすったりすることしかできませんでした。

僕はまだ子供だったので詳しい容態は知らされてはいませんでしたが、両親や祖母が時々「お腹に水がたまっている」とか「お腹の水を抜いたから今日は楽そうだった」とか話しているのを聞いて、祖父の体調がどんどん悪くなっているのを察していました。

8月に入ると両親や祖母から祖父がもう長くはない事を知らされました。

そしてお盆を少し過ぎた8月20日に永眠しました。

64歳でした。

皆が早すぎる別れに号泣しました。

僕も優しかった祖父を思いわんわん泣いていました。

泣きながら皆が祖父に対する思いを口にしていました。

「頑張ったね」「働き者だったね」「ありがとうね」「優しかったね」など、思い思いの言葉を祖父にかけていました。

僕も祖父に何か言葉を掛けたかったのですが、皆がどんどん言いたかったフレーズを先に言ってしまうのでなかなか言えません。

とりあえず何か言おうとして出てきた言葉は

「じいちゃん、これが本当の”腹水盆に帰らず”だね」でした。

その瞬間その場はシーンと静まり返り、僕は父親から強引に手を引っ張られて病室の外に連れ出され、階段の踊り場で「冗談を言っていい時と悪いときがある」と言われて思いっきり往復ビンタを喰らいました。

踊り場が殴り場になった瞬間です。

その時はこっぴどく怒られましたが、今では命日になるとかならず誰かがこの話をして全員が笑っています。

じいちゃん。

婆ちゃんはまだまだ元気でそっちに行くのはまだまだ当分先です。

寂しいかもしれませんが我慢してください。

それでは、またですー。

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