こんにちは、ゆんつです。
ゴールデンウィークに兄が「子育ての難しさ」についてぼやいていました。
兄の子は小学校5年生。
そろそろ思春期に突入し難しくなる年頃です。
兄は「あんまり言う事聞かんから、やいとを据えてやろうかと思うことがある」と言いました。
「やいと」
小学生の頃何度も聞いた言葉ですが、それ以後は全く聞いていない言葉です。
その言葉を聞いた瞬間、僕の中で消えていた「やいと」の記憶がよみがえってきました。
「やいと」とは
「やいと」とはお灸の事です。
お灸の事を僕の家では「やいと」と呼んでいたのです。
子供の頃、親の言うことを聞かないと「いい加減にせんと、やいと据えるぞ!!」と言われます。
この段階で親のいう事を聞けばやいとは据えられませんが、子供と言うのは言いつけを守らないものです。
すると堪忍袋の緒が切れた親は子供にやいとを据えるのです。
やり方はいつも決まっていました。
やいとの作法
まず上半身裸にされます。
そして親が人差し指をペロリと舐めて「やいと」を置く背中の右の肩甲骨の近くに唾を塗ります。
親指と人差し指でもぐさをこねて米粒大くらいに丸めた「やいと」を唾を塗った場所に置きます。
火のついた線香で「やいと」に点火します。
もぐさが小さいのであっという間に熱が伝わってきます。
子供はその迫りくる熱さに泣きながら「ごめんなさい。もうしません」と言うのです。
もぐさが3分の2くらいまで燃えたころには、父親がもぐさをつまんで灰皿に捨てていたので、火傷などはしませんでした。
まあ火傷はしませんでしたが、こうやって思い起こしながら書いてみると、とてつもなく野蛮なしつけ方です(笑)
まるで中世の魔女狩りです。
演技派だった僕
やいとを据えられるときは大概兄弟そろって据えられていました。
年の順に据えられるので、まず兄から据えられます。
やいとを据えられ、背中からやいとのけむりを出しつつ兄が泣きながら「ごめんなさーい」と叫んでいるのをみると、次に据えられる僕の胸にとてつもない恐怖が襲ってきます。
やいとが終わりグスングスン鼻を鳴らしながら兄が上着を着ると、僕の番です。
兄の光景を見て恐怖がマックスの僕は、背中に唾を塗られた段階で「ギャー」と叫びます。
そしてまだ「やいと」に火が着いていない段階から「熱いー!!」と大騒ぎをします。
毎回そんな反応をする僕を見た父があるとき、「やいと」に火をつけずに口で「ほら火が着いたぞ」と言いました。
僕は即座に「ギャー!熱いー!熱いー!もうしませーん」と泣きわめきました。
その光景を見た父は苦笑しながら「こいつは役者だ」と言って、左側の肩甲骨のそばにも「やいと」を置いて「ダブルやいと」にしてくれました。
父も
ある時父が家族内の約束を続けて破ったことがありました。
僕と兄は「お父さんも、やいとしないとズルい」と騒ぎました。
すると父は「よし、やいと持ってこい」といってシャツを脱ぎました。
子供に示しを付けたかったんだともいます。
僕たちは「やいと」を父にすることができるので大はしゃぎです。
うつぶせになった父の背中に指先で唾を塗り「やいと」をのせます。
僕たちの「やいと」は米粒くらいの大きさでしたが、父は大人なので薬味のワサビのごとくこんもりと盛ってあげました。
線香で火をつけると父は余裕の表情で「全然熱くねーな」といっていましたが、しばらくして下の方まで火が回ってくるとまるで演歌歌手がサビの部分を熱唱するかのように苦悶の表情を浮かべ、遠くに手を伸ばしたりひっこめたり手を握りしめたり開いたりしていました。
僕と兄は手を握りしめたり開いたりする父を面白がって、当時僕がもっていた「お腹を押すと音が鳴るラッコの人形」を父に握らせました。
それからリビングは「キュンッ」「キュンッ」というラッコの鳴き声と、父以外の家族の笑い声で満たされました。
「やいと」のしつけは絶滅したっぽい
今は、しつけに「やいと」を据えている家庭はもう無いと思います。
僕の周りで「やいと」のことを聞いても30代半ば以上の人は解る人がいますが、それより下の年齢の人は「やいとって何ですか?」と言葉自体をしらないようです。
このご時世で「やいと」なんてしたら近所から虐待と言われてしまうかもしれません。
兄も「据えてやろうか」と思うだけで、実際には「可愛そうだからできない」と言ってました。
もう絶滅したしつけ法なのかもしれません。
「いや、俺はやいとではないが今でも体にロウを垂らしてもらっている」という人がいるかもしれませんが、それはしつけとは違うので悪しからず。
それでは、またですー。
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