こんにちは、ゆんつです。
僕はお城や城跡、古戦場が好きです。
こんな事をいうと「歴史に詳しそう」とか思われそうですが全然詳しくないです。
そういう場所に行って「今から数百年前にここに侍がいて、合戦が行われていたんだなあ」等と想像するのが好きなのです。
下関にもいくつか城跡があります。
その中でも特に景色が綺麗なのは今からご紹介する櫛崎(串崎)城跡だと思います。
櫛崎城の歴史
櫛崎城はもともと大内氏の重臣内藤隆春が築城したものと言われています。
1600年の関ヶ原の戦い後、毛利家は周防と長門の2か国に減封されます。
当主の毛利輝元は戦後居城を広島城から萩城へ移し、輝元の養子である毛利秀元は長門長府に土地を与えられます。
1602年長府に入部した秀元は長府串崎を城地に選定します。
秀元は内藤隆春が築城した旧城部分を主郭として承継し櫛崎城(当時は雄山城と称していたようです)を再築します。
しかし1615年、江戸幕府による「一国一城令」により櫛崎城はあっけなく廃城となります。
その後幕末になると櫛崎城跡には関見台台場と城山台場の二つの砲台が築造され、騎兵隊が海峡に入ってくる外国船を見張る場所となったそうです。
もっとも、その砲台は1864年の下関戦争の際には真っ先に砲撃を受けて、あっという間に木っ端みじんになったようですが・・・
現在城跡は石垣や天守台が復元され、城跡の周囲は「関見台公園」となり市民の憩いの場となっています。
天守台
駐車場から坂道を登っていくと少し開けた場所があり、そこが関見台公園です。
その関見台公園の東屋のすぐそばに天守台が復元されています。
復元された石垣ですが、とてもきれいに石が積まれています。
ツツジの木に囲まれた階段を登っていくと天守台。
この天守台からの眺めが最高なんです。
関門海峡が一望でき天気が良いと対岸の門司がはっきり見えます。
桜の時期になると先ほどの東屋周辺の桜が満開となり、眼下はピンクに染まります。
くじら館
天守台から関門海峡を眺めると、まず目に入ってくるのはクジラの尻尾です。
この建物というかオブジェはくじら館といいます。
昭和33年~平成12年までこの付近には下関水族館がありました。
その下関水族館のシンボルがこのくじら館で、館内にはクジラに関する資料が展示されていたようです。
僕も子供のころに来ているはずなんですが、館内の様子はほとんど覚えていません。
現在は閉鎖されており館内に立ち入ることは出来ません。
ちなみに国道から櫛崎城跡の駐車場に入っていく交差点からこのクジラが見えます。
海も近いよ
関見台公園から海岸に降りることが出来ます。
木漏れ日のトンネルを抜けると
綺麗な海が目の前です。
海も砂浜も綺麗で天気のいい日には貝拾いをしたり、磯遊びをする家族連れなどでにぎわいます。
この日も貝拾いをしたり磯遊びをする人で賑わっていました。
満珠島・干珠島も見えます。
海岸から振り返って天守台のある場所を見てみますが、絶壁の上に木が鬱蒼と生えていて見えません。
この海岸に来るといつも思うのが城跡と関門海峡の近さです。
これだけ海に近けりゃそりゃ外国船に撃たれるわ。
三の丸の石垣
櫛崎城跡というと天守台だけを見て帰る人が多いですが、櫛崎城跡は天守台から豊功神社のあたりまでが城跡なのでもう少しだけ足を延ばしてみましょう。
関見台公園から住宅街を豊功神社方面に歩いていくと三の丸の石垣を見ることが出来ます。
石垣の上に民家が建っているというのは珍しいのではないでしょうか。
ここに住むとお殿様になったような気分になれそうです。
この石垣の近くには豊功神社があります。
アクセス
豊浦高校と関門医療センターに挟まれた場所にあるので、それらを目印にすると解りやすいかもしれません。
駐車場は無料です。
余程の事が無い限り満車にはならないと思います。
駐車場からスロープを登っていくとすぐに天守台です。
まとめ
本当に海のすぐそばにある櫛崎城跡。
天守台にたつと関門海峡を見下ろすことができ、ここから海峡を眺めていたであろう毛利秀元や騎兵隊の気分が味わえます。
長府は城下町が有名で観光客もそちらに行くことが多いのですが、もし時間があればこの櫛崎城跡まで足を延ばして天守台からの眺めを楽しんだり、海岸に降りて間近に関門海峡を感じてほしいです。
また、満珠島・干珠島をもっと鮮明にみることができる豊功神社も近くにあるので、せっかく櫛崎城跡まできたらさらにもうちょっとだけ足を延ばして豊功神社も見ていただけると下関市民としては嬉しいです。
それでは、またですー。
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