僕が伝来させたもの

雑記

こんにちは、ゆんつです。

1543年種子島に鉄砲に一隻の国籍不明の船が漂着しました。

船にはポルトガル人が乗っており、彼らはそれまでの日本人が見たことない「鉄の筒」を身につけていました。

「鉄砲」です。

試射させてみると物凄い威力。

種子島の島主「種子島時尭」は大金をはたいて2丁の鉄砲を購入します。

この2丁の鉄砲を刀鍛冶などが複製し、日本中に鉄砲が広まっていきました。

鉄砲の伝来はそれまでの騎兵を中心とした戦い方をがらりと変えてしまうほどの衝撃でした。

鉄砲を大量に作り上手く運用した織田信長が天下を取りそうだったのは、皆さんもご存知の事だと思います。

さて、時は流れて1980年代後半。

ある小学校に、ある物が持ち込まれました。

持ち込んだのは僕です。

そしてそれは一気に学校中に広がったのです。

ある「物」とは?

トランクスです。

今では小学生でも「ボクサーパンツ」みたいなシャレたパンツをはいていますが、僕が子供の頃は男子小学生の下着は「白のブリーフ」というのが定番でした。

特に僕が通っていたような田舎の小学校は1年生から6年生まで、男子は皆「白ブリーフ」です。

でも僕はブリーフが嫌で仕方ありませんでした。

それは前の「黄ばみ」が目立つからです

身体測定の時などはブリーフの「黄ばみ」をどうやって人に見られないようにするかに必死でした。

父親が履いている柄付きのトランクスを見て

ゆんつ
ゆんつ

早く僕もこういうパンツが履きたいな。

そうすれば黄ばんでてもバレないのに。

と幼いゆんつ少年はいつも思っていたのです。

そして小学校2年生の時。

母親に何度もおねだりをして小さいサイズのトランクスを1枚だけ買って貰いました。

僕はそのパンツをすぐには履きませんでした。

体育の授業がある日に履くことに決めていたのです。

体育の授業がある日の当日。

僕はトランクスを履いて登校しました。

体育の授業が始まる前の着替え時間。

いつもは前の「黄ばみ」を見られないようにこそこそ着替えていた僕ですが、その日はゆったりと優雅にあえて周りに見せつけるようにして着替えました。

すぐに親友のS君が気づいてくれました。

ゆんつが大人のパンツ履いとる!

皆が僕のパンツを見に来ます。

僕はわざわざ椅子に登り腰に手を当てて、みんなにじっくりトランクスを見せてやりました。

それから数日後の体育の授業前の着替え時間。

なんと僕以外にも5、6人の男子がトランクスになっていたのです!

それからもブリーフからトランクスへ移行する者達の勢いは止まらず、僕がトランクスを皆に披露してから約一か月もするとクラスのほとんどの男子はトランクスになり、よそのクラスや学年にも次々波及していきました。

ゆんつ
ゆんつ

鉄砲の伝来と同じです

ポルトガル人が鉄砲を持ち込んで日本の戦を変えたように、僕は小学校にトランクスを持ち込んで男子の下着を変えたのです!

そして僕がトランクスを持ち込んだことにより、いじめに繋がりかねない白ブリーフの「黄ばみ」から多くの子供を救ったのです!

大げさなんだよなぁ

覚えておいてください

1543年の鉄砲伝来は教科書の年表にのっていますが、僕が通っていた小学校にトランクスを伝来させたのは教科書に全く載っていません。

でも幼馴染で親友のS君だけは

ゆんつは俺たちの小学校の中で

一番最初にトランクスを履いたよな

と言ってくれます。

僕の心の年表にはしっかりとこの出来事が刻まれています。

皆さんも、もしよければ頭の片隅にでも置いておいてください。

それでは、またー。

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